「ラパチーニの娘」(Rappaccini's Daughter) ナサニエル・ホーソン (Nathaniel Hawthorne) 原作 昔あるとき、ジョバンニ・ガスコンティという青年が、北イタリアへ留学するためにナポリの家を出発しました。彼は、暗くて古い宮殿の最上階にある小さな部屋を借りました。大昔、その建物はある貴族のものでした。今は、老婦人シニョーラ・リザベッタがパジュア大学の学生に部屋を貸していました。 ジョバンニの部屋には小さな窓がありました。その窓からは多くの草花がある広い庭を見渡すことができました。ある日、彼はリサベッタに「あの庭はあなたのものですか」とたずねました。 すると彼女はすぐに「そうじゃないのよ。」と答えました。「あの庭は有名な医者、ジャコモ・ラパチーニ氏のものよ。人々は彼がその植物で奇妙な薬を作っていると言っています。彼は庭にある茶色の小さな家に、娘のベアトリースと一緒に住んでいるのよ。」 ジョバンニはよく窓際に座って庭を眺めていました。彼はこんなにたくさんの種類の植物を見たことがありませんでした。どの植物も緑色の大きな葉をつけ、虹色に輝く見事な花を咲かせていました。 ジョバンニの好きな植物は家の近くの白い大理石の花瓶に植わっていました。その花瓶は、大きな紫色の花で覆われていました。 ある日、ジョバンニが窓から外を見ていると、黒いケープ(外套)を着た老人が庭を歩いているのが見えました。その老人は背が高く、痩せていました。顔は不健康な黄色をしていました。黒い目はとても冷たかった。 老人は手に分厚い手袋をはめ、口と鼻にマスクを着けていました。その老人はまるで野生動物か毒蛇の間を歩くように、植物の間を慎重に歩いて行きました。そばに近寄ってよく花を見ていましたが、触ったり、匂いをかいだりすることはありませんでした。 そして、紫色の大きな花を咲かせた植物の前に来ると、老人は立ち止まりました。マスクを外すと「ベアトリース、手伝いに来てくれ!」と大声で呼びました。 「今すぐ行きますわ、お父さん。」と、家の中から若々しい声が聞こえました。若い女性が庭に入ってきました。その豊かな黒い巻き毛は肩のあたりに落ちていました。頬はピンク色で、目は大きく黒かった。 植物の間を歩く彼女は、生命力と健康、そしてエネルギーに満ちあふれているように見えた。ジョバンニは彼女を、大理石の花瓶にある紫の花のように美しいと思いました。老人は彼女に何か言いました。彼女は、お父さんが気をつけて避けていた花に触れ、匂いを嗅ぐと、うなづきました。 数週間後、ジョバンニは父親の友人であるピエトロ・バリオーニを訪ねに行きました。バリオーニ教授は大学で医学を教えていた。そのとき、ジョバンニはラパチーニ博士のことをたずねました。バリオーニ教授は「彼は偉大な科学者だ」と答えた。「しかし、危険な男でもあるのです。」とも言いました。 「どうしてですか。」とジョバンニが聞きました。 年寄りはゆっくりと首を横に振りました。「ラパチーニは人間よりも学問を大切にするからです。彼は自分の庭の植物からたくさんの恐ろしい毒薬をつくりました。彼はこの毒薬で病気を治せると思っているのです。 確かに彼は、誰もが死ぬと思った重病人を何度か治したことがあります。しかし、ラパチーニの薬は多くの人をも殺してしまいました。彼は自分の実験のためなら、自分の命さえも犠牲にすると思います。」と言いました。 「でも、彼の娘はどうなんですか?」とジョバンニは言いました。「彼はきっと娘を愛していますよ」 老教授は若い男に微笑みました。「それじゃあ、ベアトリース・ラパッチーニについて聞いたことがあるんだね。みんなは彼女がとても美しいと言う。しかし、パジュア大学の連中はほとんど彼女を見たことがない。彼女は父親の家の庭を離れないのです。」 ジョバンニは日が暮れようとしていたので、バリオーニ教授の家を出ました。帰り道、花屋に寄って生花を買いました。彼は自分の部屋に戻って窓のそばに座りました。 日差しはほとんど残っていない。庭は静かだった。ジョバンニの好きな紫色の花は、夕方の薄明かりの中で輝いているように見えました。 その時、茶色の小さな家の戸口から誰かが出てきました。ベアトリースでした。彼女は庭に入り、植物の間を歩いていました。身をかがめて植物の葉に触れたり、花の匂いをかいだりしていました。ラパチーニの娘は一歩進むたびによけい美しくなっていくように見えました。 紫色の植物にたどり着くと、彼女はその花に顔を埋めました。ジョバンニは娘が「お姉さま、息をください。普通の空気は私を弱くするのです。そして、あなたの美しい花を一輪ください」と言うのを聞きました。ベアトリースはそのうちの一番大きな花を一本そっと折りました。それを黒髪に挿そうと持ち上げると、花から数滴の液体が地面に落ちました。 そのうちの一滴が、ベアトリースの足元を這っていた小さなトカゲの頭上に落ちた。一瞬、その小動物が激しく身をよじった。そして、もう動かなくなった。ベアトリースは驚いた様子もありません。彼女はため息をついて、その花を髪に挿しました。 ジョバンニは窓から身を乗り出して、もっと彼女をよく見ようとしました。そのとき、美しい蝶が庭の塀の上を飛び越えました。それはベアトリースにひかれたようで、彼女の頭のあたりを一度飛びました。そして、その虫の鮮やかな羽は止まり、地面に落ちて死んでしまいました。ベアトリスは悲しげに首を横に振った。 ふと、彼女はジョバンニのいる窓を見上げました。青年が自分を見ているのが見えたのです。ジョバンニは買ってきた花を手に取ると、彼女の前に投げつけました。「お嬢さん、この花はジョバンニ・ガスコンティからの贈り物です。」と彼は言いました。 「ありがとうございます。」とベアトリースは答えました。彼女は地面に落ちた花を拾うと、すぐに家へと走りました。彼女はドアのところでちょっと立ち止まって、ジョバンニに恥ずかしそうに手を振りました。彼女の手の中で、その花が茶色く変色しはじめたように彼は思ったのです。 何日ものあいだ、青年はラパチーニの庭を見下ろすことができる窓から遠ざかっていた。ベアトリースに話しかけなければよかったと思うほど、今は彼女の美しさに圧倒されていた。 彼は彼女のことを恐れてもいた。あの小さなトカゲや蝶が死んでしまったことを忘れることが出来なかった。 ある日、授業の帰りにバリオーニ教授と道で会った。 「やあ、ジョバンニ。私を忘れたのかい?」と老人は言った。そして、老人は若者をよく見て、「どうしたんだい、友よ。この前会ったときと様子が変わったな。」と言った。確かにそうだった。ジョバンニはとても痩せていました。顔は白く、目は熱で焼けているようでした。 二人が立ち話していると、黒い長いマントを着た男が通りをやって来ました。体の具合が悪い人のようにゆっくり動いていました。顔は黄色いが、目は鋭く黒い。それはジョバンニが庭で見た男でした。老人は二人の前を通り過ぎるとき、バリオーニ教授に冷たく頷きました。しかし、彼はジョバンニをたいへん興味深げに見ていました。 「ラパチーニ先生だ!」 とバリオーニ教授は老人が二人の前を通り過ぎた後、小声で言いました。「あの老人は君の顔を見たことがあるのかな?」 「いいえ」とジョバンニは首を横に振りました。「見た覚えがありません。」 バリオーニ教授は困ったような顔をしました。「老人はあなたを見たことがあると思うよ。あの冷たい目つきを知っている!実験で殺した動物を調べるときも同じような顔をする。ジョバンニ、私は命を賭けて断言する。君はラパチーニの実験台になっている。」 ジョバンニは老人から一歩後ずさりしました。「冗談でしょう」と彼は言いました。「いや、本気だ。」と教授はジョバンニの腕を取りました。「気をつけろ、青年よ。君は今とても危険な状況にある。」 ジョバンニは腕を引き離しました。「もう行かなくては。おやすみなさい。」と彼は言いました。 ジョバンニは自分の部屋へ急ぎながら、気持ちが混乱し少しの恐怖を感じました。 シニョーラ・リサベッタが部屋の戸口で待っていました。彼女は、彼がベアトリースに興味を持っていることを知っていました。「良い知らせがあるのよ」と彼女は言った。「ラパチーニの庭に入る秘密の入り口を知っているわ。」 ジョバンニは耳を疑いました。彼は「入り口はどこにあるのですか?」と尋ねました。「どうか教えてください。」と頼みました。 (以下 Part 2) ある日、ジョバンニはラパチーニの庭へ続く秘密の入り口を見つけました。彼はその中に入ってみました。植物はどれも荒々しくて、不自然な感じがしました。ジョバンニは、ラパチーニが実験の結果、こうした奇妙で恐ろしげな花々を作ったにちがいないと思いました。 すると突然、ラパチーニの娘が庭に入ってきました。彼女は花の間をすばやく移動して、彼のところまでやってきました。ジョバンニは、招待もなしに勝手に庭に入ってきたことを謝りました。しかし、ベアトリースは彼に微笑みかけ、歓迎の気持ちを伝えました。 「あなたはお花が好きなのね。それで父の珍しい収集を見に来たんですね。」と彼女は言いました 彼女が話している間、ジョバンニは彼女の周りの空気によい香りがあることに気づきました。このいいにおいは花からなのか、それとも彼女の息からなのか、ジョバンニには分かりませんでした。 二人は話をしながら、ゆっくりと庭を歩いて行きました。そしてついに、大きな紫色の花で覆われた美しい植物にたどり着いた。その花の香りは、ベアトリースの吐息のよい香りに似ているが、それよりもっと強いものであることに気づきました。 青年は紫の花の一つを折り取ろうと手を伸ばした。しかし、ベアトリースは彼の心臓をナイフで貫くような悲鳴をあげました。彼女は彼の手を取ると、力いっぱい植物から引き離した。 「その花に触れないで!あなたの命が奪われるわ!」と彼女は叫びました。そして彼女は顔を隠して家の中に逃げ込みました。そのときジョバンニは、庭にラパチーニ博士が立っているのを見たのです。 その夜、ジョバンニは、ベアトリースがどんなにかわいくて美しいか、考えずにはいられませんでした。けれども、やがて眠りにつきました。しかし、朝になったとき、彼は大きな痛みで目を覚ましました。片方の手が燃えているような感じがしたのです。それは、あの紫の花に手を伸ばしたとき、ベアトリーチェが握った手だったのです。 彼は毎日、庭で彼女と会うようになりました。そしてついに、彼女は彼に「愛しているわ」と告白しました。しかし、彼女は決して彼にキスもさせず、手さえ握らせませんでした。 数週間たったある朝、バリオーニ教授がジョバンニを訪ねました。「君のことが心配だったんだ」と老教授は言いました。「この一ヶ月以上、君は大学の授業に出てない。どうかしたのか?」とたずねました。 ジョバンニは教授と会うのがうれしくありませんでした。「いいえ、何も問題ありません。元気です、ありがとうございます。」と返事しまっした。彼はバリオーニ教授に帰ってもらおうと思いました。しかし教授は帽子を取ると座りました。 「親愛なるジョバンニ」と教授は声を掛けた。「ラパチーニとその娘には近づかないことだ。娘の父親は娘が赤ん坊のときから毒を与えていたのだ。その毒は娘の血の中にも、吐く息の中にもある。ラパチーニが自分の娘にこんなことをしたのなら、今度は君に何をすると思う?」と言った。 ジョバンニは両手で顔を覆いました。「大変だ!」と彼は叫びました。「心配するな」と老人は言い、次のように続けました。「心配しないでいい。君を救うのに遅すぎるということはない。ベアトリースも助かるかもしれん。この小さな銀の瓶が見えるか?これにはどんな強力な毒でもやっつける薬が入っている。ベアトリースに飲ませなさい。」 バリオーニ教授は小瓶をテーブルの上に置いて、ジョバンニの部屋を出て行きました。青年はベアトリーチェが優しくて純真な少女だと信じたかったのです。それなのに、バリオーニ教授の言葉は彼の心に疑念を抱かせました。 日課のようになったベアトリースとの待ち合わせの時間が迫っていたあるときのことです。ジョバンニは髪をとかしながら、ベッドのそばにある鏡で自分の姿を見ました。自分がとてもハンサムであるように思わずにはいられなかったのです。目が特に生き生きして見えました。顔には健康的な輝きがありました。 彼は「少なくとも、彼女の毒はまだ私の体に入っていない。」と自分に言い聞かせました。彼はそう言いながら、その日の朝に買ったばかりの花に目をやった。その時、恐怖の衝撃が全身を駆け巡りました。 なんということでしょう、花は茶色くなり始めていたのです!鏡の中の自分を見つめるジョバンニの顔は、とても白くなっていました。 その時、彼は窓のそばに蜘蛛が這っているのに気づいた。彼はその虫の上にかがみ、空気を吹きかけました。蜘蛛は身震いして死にました。「私は呪われている」とジョバンニは独り言をつぶやきました。「自分自身の息が毒だ。」 その時、庭から豊な音量で甘ような声が聞こえてきました。「ジョバンニさん、遅いわよ。降りてきてちょうだい。」 「お前は化け物だ!」 ジョバンニは彼女に近づくとすぐさま叫びました。「君の毒のせいで私も怪物にされたのだ。いまや私はこの庭の囚人だ。」 「ジョバンニ!」とベアトリースは叫びました。大きな輝く瞳で青年を見つめました。「どうしてこんなひどいことを言うの?"確かに私はこの庭から出られません。でも、あなたはどこに行こうと好き勝手にしていいのです。」 ジョバンニは憎しみのこもった目で彼女を見ました。「私に何をしたのか知らないような振りをしないでほしい。」 庭に虫の一団が飛んできました。虫たちはジョバンニのほうにやってきて、彼の頭のまわりを飛びまわりました。ジョバンニが虫に息を吹きかけると 虫は地面に落ちて死にました。 ベアトリースが叫びました。「見えた!見えるわ!父の研究のせいでこんなことになったのです。ジョバンニ、私を信じて。こんなこと父に頼んだ覚えはありません。あなたを愛したかっただけなの。」 ジョバンニの怒りは悲しみに変わりました。そのとき、バリオーニ教授からもらった薬のことを思い出したのです。もしかしたら、その薬で体の中の毒をやっつけて、また普通の人間に戻れるかもしれない、と。 「愛するベアトリース、僕達の運命はそんなに恐ろしくないよ。」と彼は言いました。彼は小さな銀色の瓶を見せると 中の薬がどういう風に効くのかを説明しました。「私が先に飲みます」と彼女は言った。「あなたは、私がどうなるかご覧になってから飲んでください。」 彼女はバリオーニ教授が作った薬を唇に当て、小さく一口飲んだ。まさにそのとき、ラパチーニが家から出てきて、二人の若者のほうへとゆっくりと歩いていった。そして、まるで祝福を与えるかのように、両手を二人に広げた。 「娘よ、お前はもうこの世で独りぼっちじゃないよ。」と父親である教授が言った。「ジョバンニに、君の好きな植物のうちから紫色の花を一輪あげなさい。これで彼は傷つくことはないだろう 私の科学とお前の愛で、彼は普通の人とは違う存在になったのだよ。」 「お父さん、なぜ自分の子供にこんなひどいことをしたの?」とベアトリースは弱々しく言った。 ラパチーニは驚いた顔をした。「どういうことか、娘よ?」と尋ねた。「お前は他の女にはない力を持っているんだよ。吐息だけで、最強の敵を倒すことができる。それとも弱々しい女性でもいいのか?」 「私は愛されたいの。恐れられたくないのよ。」とベアトリースは答えました。「でも今は、そんなことはどうでも良くなったわ。私はお父さんのもとを去ります。お父さんがくれた毒が害にならないようなところへ行きます。さようなら、ジョバンニさん。」 ベアトリースは地面に倒れました。彼女は父親とジョバンニの足元で息を引き取りました。あの毒は、あまりにも若い女性の身体の一部になっていたのです。毒を滅ぼす薬は、彼女も滅ぼしたのです。 ------------------- 2022.04.23 23:24 JST 最終更新 翻訳原本: https://learningenglish.voanews.com/a/rappaccini-daughter-nathaniel-hawthorne-american-stories/2600030.html https://learningenglish.voanews.com/a/rappaccinis-daughter-nathaniel-hawthorne/2615957.html